この雑誌は昭和53年8月15日ベースボールマガジン社発行の『相撲・名古屋場所総決算号』です。
北の湖が当時大鵬の最年少横綱昇進の記録を破り、3連覇~4連覇を達成し、『憎らしいほど強い』という代名詞で呼ばれていた頃に発売されたものです。
私がテレビの前に釘付けになり、今までで心底熱狂した最高の力士は北の湖です。![]()
輪島との優勝をかけた横綱決戦は輪湖時代の象徴でした。当時高校生だった私は、この雑誌の号の『読者のさじき』 というコーナーに北の湖を中心にした内容で投稿し、掲載されました。
弟子の不祥事での理事長辞任から4年ぶりに、理事長として再登板するわけですが(理事長の再登板は初)相撲協会の運営は前途多難です。
昭和の大横綱だった北の湖親方の手腕に期待致しましょう。
130年の歴史を持つ巨人コダックが先頃経営破綻しました。
私たちも散々富士写真フィルムと並んでお世話になりました。フィルム市場そのものが、デジタルカメラの出現により消滅してしまった訳ですから、致し方ないとはいえ、栄枯盛衰を強く感じずにはいられません。
年々、何でもノートにこだわる人が増えているとか。『パソコン・携帯メールをする時代になり、手書きの機会は減ったからこそ手で書くときはノートにこだわりたい』と年末の読売新聞に『オーダーメイド・高級紙・・・手書き楽しむノート』と題した記事が載っていました。
スマートフォンでスケジュール管理のカレンダーアプリを利用する人は今後増えていくでしょう。ただノート同様、手書きの手帳にこだわる人も多く、手帳市場の売上は伸びているとも聞きます。
映画『ALWAYS三丁目の夕日'64 』が封切られました。
背景はアナログな世界を十分に幸せに生きている時代です。
デジタルにないアナログの優しさ・やわらかさ・良さを大切にしていきたいものです。
私はお手頃感のある、なめらかな書き味のPARKERのボールペンを普段愛用しています。今年は例年以上にお気に入りのペンで、手書きの良さを意識して文字にする機会を、乱筆ながら増やしていきたいと思っております。
3月11日の大震災は、これからの私たちの人生にいろいろな教訓・戒めを教えてくれました。年が変わっても、記憶に留めていかなければなりません。
震災直後は、電気・ガソリン・物流の不自由により、日常生活を送る社会がいかにもろいものか、痛感したわけです。私も通勤手段の困難から、非常電燈だけで、テレビもトイレも浴室も使えない、計画停電中のビジネスホテルで、夜を明かした事は、一生忘れられないでしょう。
そんな中、4月に入り、屋形船 『船清』 http://www.funasei.com/ に勤める後輩から、『景気が沈滞している時こそ、屋形船に乗りに来てください』と連絡が入りました。6月にはなりましたが、私も含め先輩男5人は、後輩の要請に応じ、屋形船に繰り出しました。粋でいなせな品川の船着き場を出航した船は、頂上が夜霧に隠れる幻想的なスカイツリータワーの真下に、しばらく停泊した後、3時間かけて品川に戻ってまいりました。長時間の船旅だけに心配されたトイレですが、これまたホテル並みの豪華さで、おかげさまで宴も心おきなく進んだ次第です。夜の東京湾には、かなりの船の提灯が灯り、世の中、活気が出てきたんだなと、感慨深く初夏の夜を過ごしたことを想い起こしました。
筑波万博では、コンパニオンも経験した、イベント好きな後輩の立案に、全員、深く感謝をしたのは言うまでもありません。
当社の忘年会も、川口工場近くの中華料理店『文文』で先日、無事開催することができました。『文文』さんにはいつも美味しい料理を作っていただきとても感謝しております。今回は当社のムードメーカー石部君と共に、文文のママさんにもブログに登場願いました。
改めて、震災で被害にあわれた皆様に心よりお見舞い申し上げますと共に、未曾有の震災の年、無事にここまで、業務に励んで来れましたことを、皆様に深く感謝申し上げます。